女性外来の診察室から

第106回 タネの秘密 身土不二のエビデンス

小さな庭に菜園を作り始めて三年、やや熱も冷めてきて、今年の夏野菜は種まき時期を逃してしまいました。6月末になって売れ残りのキウリとナスの苗を植えてお茶を濁したものの、ちょっと寂しくて、前年収穫した豆を少し取り分けておいたのを、遅くなったのですが蒔いてみました。昨年は本葉が出たところを虫に丸坊主にされたのですが、今年は虫などどこにいるのかと言う風情で綺麗にすくすく育っています。ふと見ると、その横に植えていないキウリが芽吹いているではありませんか。そういえば、ここは昨秋に完熟キウリを地面に放置しておいたところと気づきました。密集して何本か出てきていますが、誘導してやると苗で買ったキウリと成長を争うまでに大きくなってきています。
 
 自家採取の種は強いのか、それとも耕さなかったのが良いのか、雑草も含めて色々混植しているのが良いのか、などと考えていたところ、一冊の本に出会いました。今年6月に出たばかりの、「シン・オーガニック 土壌・微生物・タネのつながりをとりもどす」、著者は吉田太郎氏、地質学の専門家です。自家菜園運営という視点からだけでなく、医者として、問題山積みの現在を生きる者として、この本に出会えたのは有り難いと思ったほどおすすめの本です。新資本主義、グローバリズム、免疫機能全体を考えない感染対策、金銭との互換性が拡大解釈され過ぎていること、などに対してモヤモヤと感じる違和感に、正当性の証明と解決の土台を与えてもらえたようで、個人的には精神安定剤と感じています。

 一部ご紹介させてください。本当にどこから読んでも面白いのですが、序章に「天空の城 ラピュタ」のシータの言葉、「土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬を超え、鳥とともに春を歌おう。どんなに恐ろしい武器をもっても、たくさん可哀想なロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ」をあげつつ、「とはいえ、生きとし生けるものへのいたわりや作物への愛といったスピリチュアル的な要素は極力排す。最先端の地球科学やゲノム解析によって明らかにされてきた、根、風、鳥、虫、タネ、微生物のダイナミックなつながりへのエビデンスに基づいた議論をしたい。そのうえで、どんなに優れたAIアプリを手にしていても、フードテックに象徴されるロボットを活用したとしても、つまるところは、ヒトは土から離れては生きてはいけないことを読者の皆さんと探っていきたい」と続き、「ミネラルだけでなく、微生物が生命圏を循環していること、東洋医学で言われてきた「医食同源」や「身土不二」の科学的な根拠が夕ネにあることがゲノム解析技術の進歩でようやく明らかになってきたことについて書く」ときては、漢方医を志す者としては読むしかないという感じです。

 土地の情報、特に根の周囲の微生物がタネに含まれて継承されてゆくことについて、「トマトのタネを描けばトマトが育つ。そのトマトの形質はDNAが左右する。何をいまさら、当たり前のことを、と思われるかもしれない。けれども、まだ常識とはなってはおらず、さほど着目されていないのは、タネの中に棲息している微生物のDNAの役割だ。植物の健康や生産力には微生物が深く関与する。こうした微生物が果たす重要な役割が解明されてきたとはいえ、根圏に存在する微生物群は、タネが発芽する以前からそこにあるものだと考えられ、タネ内部の微生物については、これまでほとんど着目されてこなかった。それどころか、タネは、植物病原菌のキャリアとして機能する。だから、無菌状態にあるタネこそが健康だと考えられ、タネを消毒し、滅菌するためのさまざまな手法が長年にわたって開発され続けてきた、、、微生物や真菌類と植物との密接な関係は4億年以上も前から続いてきたとの地質学的な証拠もある。だから、「植物とその子孫へと微生物をつないでいるのはタネではないか」とのアイデアも以前から出されてきた。そして、次世代シークエンス等の分析技術が急発展したことから、植物の成長促進に役立つ微生物、主に真正細菌と真菌類がタネの外皮や花粉、花の蜜から侵入し、タネを介して世代を超えて継承されていることがわかってきた。たとえば、2019年3月には、イギリスのサウサンプトン大学のトミスラフ・チェルナヴァ(Tomislar Cemava)准教授らが、次世代シークエンス技術を活用して、トマトの葉や根、果実等の各場所にあるマイクロバイオームを解析することで、成長促進に役立つ微生物がエンドファイトとしてタネに含まれ、タネを介して次世代へと継承されることを見出した」ここに育つ野菜は、あそこに育つ野菜とは違う、ここで採れたタネはこの土地の情報を持っている、ということが明らかになってきたのですね。
 
 私のささやかな菜園で目にした現象も、世代継承がより健康な植物を生み出すことを示しています。タネが持っていた微生物情報と、耕さないことによる土壌内微生物温存が、生まれてくる野菜の土壌微生物との共生を助けているのでしょう。〇〇サントから消毒済み遺伝子操作済みのタネを買い、そのタネだけが生育するための農薬と化学肥料を使う農業は、環境から切り離された片端の農産物(非ホロビオント)を作るのではないでしょうか。
 
「このコアマイクロバイオームは場合によっては枯渇する。ひとつは肥料だ。ローザムステッドでの研究が示しているように、多くの化学肥料を使用すると、微生物の多様性が減少し、次世代のための独自のマイクロバイオームをタネに組み込むことができなくなる。もうひとつは除草剤だ。最終的にタネへと取り込まれる微生物は、そのほとんどが根圏から獲得されている。では、栽培されるトウモロコシの列間で大量の除草剤が散布されたらどうなるか。あるいは、畑の大半が裸地におかれていたらどうなるか。微生物の寿命はとても短い。たとえば、2分間しか生きられないかもしれない。滲出液という食料を与えてくる植物が除草剤で枯らされてしまえば、微生物たちはたちまち飢え死にしてしまう。だから、こうした環境では、微生物が生き残れないのは、言わずもがなだ。科を異にする植物群集があるときには植物同士をつなぐコモン菌根菌ネットワークが存在する。ネットワークによってつながることができれば、別の植物の微生物がもつ遺伝物質をストレス耐性や栄養素の獲得のために使えるから、生産性の向上はもちろん、病害虫やストレスへの耐性等、すべてが改善される。そう記述した。けれども、これも「化学肥料や農薬を使わないかぎり」との条件が付くことも、これで説明がつく。植物が健全に育つためのマイクロバイオームが存在しなければ、タネに含まれるコアマイクロバイオームも出来損ないとなる。植物の健康状態は時の経過とともに悪化し、世代を重ねるごとに植物は健康ではいられなくなっていく。こうした植物は、ホロビオントではない。あえていえば、それは本来の植物の半分、半分の生物にすぎない。こうした植物は、残りの半分しかもっていないため、人工的に施肥しないかぎり、うまく成長できない。外部から強制的に餌を与えないかぎり、植物が生き残る術はない」

 人間の腸内環境は、植物にとっての土壌環境と同じかもしれません。環境の微生物に適合した食べ物を摂取することでより適した腸内環境を形成できる可能性があります。地域の有機野菜が給食として供給されている子供達は、麻疹風疹罹患率が全体平均よりも有意に低いという研究もあるようです。植物がタネを介して世代間継承を行うなら、DNAの中にたくさんの微生物情報を持っている人も同じなのかもしれません。そしてそれが多様であることが、集団の健康度を高めているのではないでしょうか。広範に感染問題が起きている時に多数に同じ免疫反応を強制することは、単一植物を農薬と化学肥料で生産することと同じく、むしろ結果的に集団としての健康度を下げてしまうのではないかと心配です。
 
 最終章はエコロジーについて、特に食糧供給について述べられています。「本書で述べてきた土壌と微生物、そして動植物のつながりは世界的に再評価されつつある。元有機農業学会長の谷口吉光さんは「その潜在的な力に気づいた国々は新しい農業政策を打ち出し、大きな環境的・社会的成果をあげている」と述べる。著者が知っている一例をあげればタイだ。グローバル化と農産物価格の下落に苦しむなか、コーンケン県のポン市では、日本の百姓、菅野芳秀さんと山下惣一さんとタイの百姓との草の根の交流や日本国際ボランティアセンター(JVC)との関わりで、有機農農産物の朝市が誕生。アグロエコロジーで生産された農林水産物が日本の提携と同じ発想で消費者に販売され、ポン郡やポン市も支援している。国王のラーマ9世(1927~2016年)は1997年のアジア通貨危機から「足るを知る経済」を提唱。政府は、自給自足を高めるため、溜池を併用する複合農業、有機農業、アグロフォレストリーを推進する政策へと舵を切ったが、当時、重視されていた政策の柱は以下の4つだった。
①モラル経済とソーシャル・キャピタル、②地元の知恵に基づく技術革新、⑦トップダウンの資源に基づく開発からボトムアップの知に基づく開発、④政策がリードし農民が従うから、農民がリードし政策が従うへ。 もう一例をあげればキューバだ。2019年4月10日。キューバでは新憲法が発効した。第77条は「全人民は、健全にして適切な食料を得る権利を有する。国家は、全国民の食料安全保障を強化するための条件を警備する」と書かれた。日本と同じくキューバの自給率も低い。食料の3分の2は輸入されている。そこで、農業生産を増やし、輸入依存を減らし、国民の栄養教育を改善することを目指して、2022年2月に「食料主権・栄養教育計画」を提示。同年7月には法第148号「食料主権および食料および栄養の安全保障に関する法律」として公示された(3カ月後に発効)。100条からなる法律のキーワードは、アグロエコロジー、小規模家族農業、国民の参加、食への権利と食料主権、栄養と安全、学校給食、食品ロスと廃棄物等だ」日本の食料自給率改善にも役立ちそうな方針です。
 
 長々と書籍の紹介になってしまって恐縮ですが、本当に内容充実して面白い本なのでぜひご一読をおすすめします。
 菜園の一隅に半畳ほどのミニ水田があり、収量は五合ほどで食料自給率には全く貢献しませんが、年中水分を絶やさない耕さない稲作を実験中です。一年目は化学肥料を使い、いもち病が発生しました。2年目は冬に落ち葉と米糠で堆肥を作り化学肥料は減らしてみて、特に病気は発生せず。これまで苗は知り合いの農家さんに分けてもらってきたのですが、来年は我が家で採れた籾を蒔いてみようかと思っています。どんな稲が育ってくれるか楽しみです。

社会医療法人財団大樹会 総合病院回生病院 女性漢方外来・ペインクリニック 
野萱純子



Copyright © 2014 Japan NAHW Network. All Rights Reserved.